ネット上では、今般の震災に対する支援や協力の方法・考え方につき、被災者のためになるとは思えない、不毛な議論が目立ちます。
民主主義国家は、思想や考え方が違う人々が集い、互いに「ちがい」を受容し、それでも多数決を基本として「正しいであろう」方法で、国民全員で国家を運営していこうという偉大な人類の智恵の結集のはずなのに、どうしてしまったのでしょうか。
人々のネット上での発言は、知的であったり、あくまで庶民的であったり、乱暴であったり、優しかったり、様々です。しかし、私はどの発言にも、とてもあたたかいものを感じてしまうのです。偶然にも被災しなかった日本国民全員が考えていることは、「被災地を救いたい」「被災者を救いたい」という一念にほかならないことが、痛いほど伝わるからです。
ネット上の発言を読む側は、被災者を想う発言者の気持ちが強すぎて、普段はおさえている、良くない個性が出てきてしまっていることも、じゅうぶんに理解しなければならないと思います。
被災者を救いたい想いが強すぎて、何も出来ない自分に腹がたつ。そして、ネット上で考え方が違う誰かに、その怒りをぶつけてしまう。こんな「場外乱闘」に、何の意味があるというのでしょうか?
そして、その想いの強さがもう一つ出てしまうことが、「普通の生活をすることへの罪悪感」です。メディアを通して、毛布もなく寒さに震え、食糧や燃料が不足していると訴える被災者…私も同胞が苦しんでいる姿を見るのは、胸が張り裂ける思いです。
しかし、だからといって、自ら救援物資を持って、車で被災地に向かって、まともに届けられるでしょうか?それとも、宅配便でいつ届くともわからない物資を、宛名もわからない誰かに送りますか?
いま、日本、いや、世界が誇る被災地救援のプロ集団が、不眠不休で現地への物資調達ルートを確保してくれています。彼らに任せ、彼らを信じ、彼らを支援することが、いま本当に私たちがやらなければならないことではないでしょうか。そのためには、私たち一般国民にとっては、やはり、信用できる団体に募金をすることが、気持ちと効果をもっともストレートに被災地に届ける方法なのです。ちょっと冷たい感じがするのは、私も同感ですが、寄付を受けている団体のウェブサイト を見ると、詳細に使途と効果を報告してくれていますから、きっと、気持ちが伝わったことも実感できると思います。
そして、私たちはそれぞれ、自分たちがプロとしてできる日々の仕事を、誠実にこなしませんか。
それは、自分たちのためではなく、「被災者の皆さんから、復興までの間、日本を預っている」ということだと思うのです。
必ずや復興を成し遂げる被災地が、日本経済に戻ってきたときに、日本の経済がガタガタになっていたら、すくなくとも私は、被災者の方々に顔向けできません。
たくさん働いて、たくさん税金を納めてください。そして、出来る範囲で募金してください。
それが、私たちにできる最大の復興支援なのです。
だから、私が被災者の皆さんにお伝えしたい言葉は「たいへんですね」でも「がんばってください」でもなく、「日本をお預かりします、一日も早く戻ってきてください!」です。
このブログの読者の皆さんの、お一人でも多くが、同じように感じていただけることを祈っています。
<この記事は、拙ブログ にも同じ内容の記事を掲載しています。ご了承ください。>
(原 悟克 )
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たくさん使うことが、日本の復興につながる
と思っています。
できれば、日用品ではなくレジャーや観光に
まさに金は天下の回り物
ということで、明日もがんばっていつもより
早く家を出ます。
関東人なので電車の本数が減っててヤバイ